日本は世界の平和のレインボー 🌈
日本は、二度の世界大戦と原爆投下により、多くの尊い命と日常を失いました。この過去は、私たちに深い教訓を残し、平和の尊さを強く教えています。
しかし、日本は唯一の被爆国でありながら、その経験から得た教訓や価値を、十分に世界へ発信できているとは言えません。
脳科学者の茂木健一郎先生は、日本には「和み(なごみ)」の精神があり、これこそが世界へ発信すべき日本の価値だと語っています。今こそ日本が、この「和み」の精神をもって、世界の平和に貢献する役割を担う時ではないでしょうか。
虹のような平和
虹を思い浮かべてみてください。虹は、光と見る人との関係の中で生まれる現象です。追いかけてつかむことはできず、所有することも、支配することもできません。
平和も同じです。平和を所有し、管理し、強制しようとした瞬間、平和は失われてしまいます。
多くの国が「自分が正しい」「自分の価値を広げたい」という文化を目指してきました。
一方、日本は八百万(やおよろず)の神の国です。答えは一つではなく、山にも川にも道具にも神が宿る―― 多様性を尊重し、共に存在する世界観を育んできました。
ここでの「リーダー」とは
このプロジェクトでいう「リーダー」とは、肩書きのある人や、誰かの上に立つ人のことではなく、自分の頭で考えることをやめない人のことです。日本ではいつの間にか、「空気を読むこと」「前例に従うこと」「波風を立てないこと」が、考えることの代わりになってしまったように感じます。
夏目漱石「三四郎」からの脱却
夏目漱石が生きていたら、今の日本を見て、こう言うかもしれません。「まだ三四郎だね」
『三四郎』の主人公は、感受性も誠実さも持ちながら、自分で決断することができず、周囲の空気に流されていきます。それは、100年前の若者の姿であると同時に、いまの私たち自身の姿でもあるのかもしれません。三四郎から脱却とは、自分の頭で考え、自分の判断に責任を持つこと。
一人ひとりが、小さな意味での「リーダー」になること、それが「平和のリーダープロジェクト」の「リーダー」と考えます。
戦後100年(2045年)へ──いま、ここから
戦後100年という節目に向けて、日本はあらためて、自らの立ち位置を問い直す時を迎えています。
世界の平和は、誰かが力で導くものではありません。一人ひとりが個性を発揮し、自分らしく輝くこと。その光が重なり合ったとき、自然と平和は立ち上がります。
日本が目指すべきは、誰かを導く「支配者」としてのリーダーではなく、平和が現れてしまう「場」としてのリーダーではないでしょうか。
いま、ここから。戦後100年に向けて、日本が本当に世界の平和のレインボーとなるための、その一歩を、静かに、共に踏み出してみませんか?当社はその第一歩として、売上の一部を国際的な平和活動団体へ寄付しています。